Eros――美への愛――


 クリスマスは恋人同士にとっては重要な行事だと僕が言えば、彼女は、そんなのただの大義名分だと否定する。そりゃあ、僕だって彼女と出会うまではそう思ってたけど、今は彼女のために何か特別なことをして上げたいと思うんだ。


 十二月二十五日、僕は嬉々として彼女の家に向かって車を飛ばす……と言いたかったが、昨夜から降り積もった雪のせいでスピードは出せない。本来ならホワイトクリスマスを喜ぶべきなんだろうけど、今は僕の行く手を阻むものとしか思えない。
 雪を素直に喜べなくなったのはいつからだろう、なんてどうでもいいようなことを考えながら、進まない車に雪以上の苛立ちを積もらせる。
 本来なら十分程度で着くのも三十分もかけてしまい、ようやく到着した彼女のマンション。彼女が出かけてしまったのではないかという不安を胸にインターフォンを鳴らした。
「はい、」
 画面越しに見た彼女に安堵して、笑顔を向ければ彼女は少し困ったように微笑んだ。
「都合悪かった?」
 心配になって尋ねれば、「大丈夫」と首を左右に振る。すぐに開けられた鍵に、エントランスをくぐり中に入って彼女の部屋を目指す。
 部屋の前に来て、再度インターフォンを鳴らす前に音を立てて扉が開かれた。
「いらっしゃい」
 今度は僕の好きな笑顔で迎えられて、つられるように「おじゃまします」と笑顔で返した。
 部屋に入り、ファンヒーターの前に両手を翳して温める。ジンと痛みがあったが、それが芯から温まっていると感じられて僕はとても好きだ。
「お茶入れたよ」
 彼女の声に、湯気の上がる二つのカップが並べられたコタツに移動する。外見も造りも洋風なのに、中が純和風というのが可笑しくて、でも温かくて、この部屋自身がまるで彼女のようだ。
「何してたの?」
 やはり先ほどの困ったような笑顔が気になって問いかければ、「朝ご飯の片付け」と半ばそっけなく返された。確かに、キッチンには洗ったばかりの食器類が乾燥機の中に入っている。それでも、何か隠しているような気がしてならない。
「そっちは、何か用事だった?」
 約束してなかったよね、と逆に質問されて言葉に詰まる。
 やはり彼女にとってクリスマスが何の意味も持っていなかったのだと思うと僅かに胸に痛みが走る。ギュッと拳を握ると、「会いたかったから、」と小さく返した。
 何となく居た堪れない気持ちになって、ゆっくりと腰を上げた。
「顔も見れたし、もう帰るね」
 何となく、どうでもいいように感じてしまった。
 折角のクリスマス。付き合い始めて一回目のクリスマス。だから、何か特別なことをしたかった。
 ドラマみたいに格好いい演出はできないけど、一週間前から準備したプレゼントが車に乗ってるし、一緒に出かけたい場所も決めてきた。気障かもしれないけど、夜景の綺麗なレストランも予約した。そんな自分が馬鹿みたいで、半ば自暴自棄に鳴っていたんだと思う。
 外はまだ雪が積もっているけど、それでも家に帰りたいと思った。
 今年は見事に日曜日とクリスマスが重なって仕事も休みで、かえって何するわけじゃない。とにかく、レストランの予約を取り消すのだけは自分の中で決定事項となっていた。
「待って、」
 コートを羽織って、扉に手を掛けたところで呼び止められた。それが嬉しいと感じたのと同時に、どこか煩わしく感じてしまい、自分が嫌になる。
「なに、」
「っ……」
 そんな気持ちが態度に出てしまい、彼女の顔が一瞬悲しみに染まった。
「ごめん」
 彼女にそんな顔をさせたのが許せなくて、思わず近付いて抱き締めた。腕の中で微かに震える身体が哀しくて愛しくて、「ごめん」と耳元で繰り返し囁いた。

 お互いの気持ちが落ち着くと、ゆっくりと自分の気持ちを話した。
 前から計画してたことも、彼女の態度がショックで自暴自棄になりかけてたことも、きちんと話してから再度謝った。
「ごめん」
 しかし、そんな僕の謝罪を聞くと、彼女の方が謝った。
「本当は楽しみにしてたの」
 それから、キッチンへと向かって冷蔵庫から取り出して来たのは彼女の手作りと分かるケーキ。苺や色彩鮮やかなフルーツの乗ったケーキは、少し不恰好だったけどどんなシェフが作ったものより美味しそうに見えた。
「他にも料理作ろうとしたら訪ねて来たから、」
 吃驚したのだと、少し気まずそうな表情の彼女が何より愛しく感じて、彼女の腕を引いて再度腕に閉じ込めた。
(ああ、どうしよう)
 溢れる気持ちが抑えられなくて、精一杯の想いが伝わるように腕に力を込める。ちょっと痛そうに身を捩った彼女も、直ぐになすがままに身を任せて瞳を閉じた。

 そらから、二人で近くのショッピングセンターで卓上サイズのクリスマスツリーを買って、一緒に料理をして、昼からささやかなパーティーをした。
 彼女の作ったケーキは、予想通り今まで食べた中で一番美味しかった。甘さも僕のことを考えて控えめにしてあって、彼女の愛情を感じて顔が弛むのを抑えれず、彼女に軽く叩かれた。
 結局予約していたレストランはキャンセルして、ずっと二人でくっ付いていた。
「これ、」
 手渡したプレゼントは、小さな長方形の箱に入っていて、外は赤の包装紙に緑のリボンとクリスマスカラーで包装されていた。しかし、それが微妙に下手で、彼女が少し怪訝な顔をしたのを僕は見逃さなかった。が、その辺は許して欲しい。
「これ……、」
 同じ科白、でも、全然込められている意味は違って、彼女は瞠目しながら僕を見た。
「ありきたりかな、とは思ったんだけど」
「ううん、嬉しい」
 入っていたのは革製のキーホルダー。でも、彼女が驚いたのは、それには既に鍵が付けられていて、それは紛れもなく僕の部屋の鍵なのだ。ちょっと特殊な形の鍵だから彼女も気付いたらしい。
「自分で包みなおしたから、包装下手でごめん」
 お店で付けて包んでもらうのが少し照れ臭くて、家に帰ってから必死で包みなおした。元々手先が器用な方ではないから元通りにすることができなくて、それでも自分の中では一番の出来だった。
 最後まで悩んだプレゼント。指輪はまだ重い気がするし、他のアクセサリーは仕事関係で外される可能性もある。ストラップも考えたが、彼女はあまり付けるのが好きじゃないから、悩んだ結果がキーホルダー。実は色違いのを自分でも買ってしまった。
「キザ、」
 照れ隠しに言われた科白に、実は自分でもそう思ってたからちょっと恥ずかしくなってしまった。
「勝手に、入ってもいいの?」
「もちろん」
 別に何も疚しいことはない。ある意味鍵は信頼の証だと思ったのだ。
「ありがとう」
 そうやって微笑んでくれて、それだけで満足だった。
 彼女がお返しと言ってくれたのは、シンプルな目覚まし時計で、僕が不思議な顔で彼女を見返せば、
「部屋に私の存在残しときたかったの」
 なんて可愛いこと言うものだから、本日何度目か分からない彼女への抱擁。


 クリスマスは、確かに彼女の言うようにただの大義名分なのかもしれないと思う。普段言えないことを言うための切欠。
 ならばイエス・キリストは何とも心の広い存在だと思う。自分の誕生日に素晴らしい切欠をみんなに与えているのだから。だから、本来はちっとも信じてない神に、小さな声で「ありがとう」を伝えた。
 そして、一瞬でも神を恨んだことに「ごめんなさい」を伝えたことは誰にも言えない秘密だったりする。
 何より、ロマンティックな演出なんていらない。彼女が居ればいい。平凡な一日も、特別な一日も、彼女の存在だけで美しく鮮やかになる。それを教えてくれた彼女に、心からの愛を伝えたい。

 

 

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