Storage――友愛的な愛――


 秋のとても気持ちのいい風が吹き抜けた。
 その風と共にやって来たのは、台風以上の威力を持った少女だった。

「そこの少年、人助けをしたくないかい?」
 学校の帰り道、帰ったらとりあえずやりかけのゲームでもしようと思いながら、家の近くの公園の階段を降りていた少年は、背中から声をかけられた。
 が、あえて無視して歩き続ける少年。
「無視するなんて酷くないか?」
 くすくすと、笑い声を含んだ声に、漸く少年の足が止まった。
「お前に限っては当然の行動だと思うけど」
 呆れた声で振り返れば予想通りの顔がいて、無意識の内に溜息が漏れた。
(ああ、今日は厄日か)
 やりかけのゲームは諦めるしかないようだ、と少年は腹を括った。
 振り返った先には同じ学校の友人であり最凶の異名を持つ少女。そして、マンションが隣同士というベタな関係にあったりする。とはいえ、少女が高校入学時に引っ越してきたため、幼馴染ではない。
 ただ、学校内では付き合ってると密かに囁かれているのを二人は知らない。
「……今度は、なに」
 彼女の方が階段の上の段に居るため自然と見上げる形になるのだが、膝上十数センチで揃えられた短いスカートが何とも際どいアングルを醸し出していた。
(あれほど言ったのに……)
 何度も「もう少し伸ばせば」と言った言葉は毎回笑顔でかわされた。
 が、現在の問題はそこではない。何とかして面倒は避けたいと思うのだが一度捕まれば逃げるのは不可能で、運良く逃げられても後々の報復を考えると、ここで付き合う方が実害が最小限に抑えれることを少年は二年間で嫌と言うほど経験してきた。
 そんな少年の態度に、少女は満足そうに頷くと、「着いて来い」と命令口調で少年を促して歩き始めた。向かう方は明らかに家とは正反対で、その方向にはこれまた嫌と言うほど苦い思い出が潜んでいる。
「また?」
 それで通じるらしく、少女は振り返りながら再び笑みを深めただけで、直ぐに前を向いて歩き続ける。
 少年は、またも溜息を吐いて着いて行く。
 ”人助け”の言葉だけで大体の予想はついていたのだが、
(殴られるのだけは勘弁したい)
 それだけが少年の切実な願いだった。

 到着したのは、行きつけの――少年としては不本意な――喫茶店。割りと若い世代に人気の店は、秋の味覚フェアとして栗や葡萄などの秋の味覚をふんだんに使ったケーキ屋パフェが華々しくメニューに並んでいた。
「ご注文はお決まりでしょうか」
 営業用とは思わせない笑顔で店員が声をかける。シンプルな白シャツと黒のスカートの制服にこれまた白のフリルの付いたエプロンは、密かに男からも店が人気の理由だったりする。
「ウーロン茶」
 少年が言えば、続いて少女がアイスレモンティーと秋のフルーツのたっぷり乗ったタルトを注文する。
 涼しくなってきた季節になぜ二人が冷たい飲み物なのかは、後に説明するとしよう。あえて言うならば、現在二人が向かいの席を空けたまま隣り合って座っていることが大きく関係する。
 そして、二人で学校の宿題の話なんかをしながら注文した品が来るのを待つ。が、二人の前に一人の男が現れた。
「お待たせ」
 手工の制服を着たスポーツ刈りの、いかにもスポーツマンといった風体の二人と同世代と思われる男は、眉間に深く皺を刻んみながら、低くそっけない声で言うと、そのままさも当然というように二人の向かいの席に座った。
 言動から分かるように、この人物が二人の待ち合わせの人物だ。
「お待たせ致しました」
 そこに、タイミングよく注文の品が届く。持って来た店員に男が折り返し注文をする。頼んだのはアイスコーヒーで、それを聞いた少年が密かにホッとしていたのは少年だけの秘密だ。
 暫し無言。
 男が頼んだアイスコーヒーが来るまで、三人とも一言も口を開かなかった。少女だけは一人タルトを頬張っていたが。それを見ながら少年は溜息を吐いた。
「それで、話なんだけど」
 男の注文の品が届き、尚且つ自分はきっちりとタルトを完食してから少女が話を切り出した。
(始まるか、)
 少年は腹を括った。
「別れてほしいの」
 抑揚のない、静かな声だった。少年は再度溜息を吐き、男はあからさまに眉間の皺を更に深くした。
(何回目だっけ、)
 少女の言葉を、もう何度も隣で聞いてきた。「彼氏の振りしてほしいんだ」そう言われて断らなかったことを今でも後悔している。一度別れ話に付き合ってから、毎回同じ役。
「何でだよ、俺の何が悪いってんだよ」
 怒気を孕んだ声。毎回同じような男の返答に、たまには「いいよ」って笑顔で言ってくれるヤツが現れないだろうか、なんて現実逃避を図るのにも慣れてしまった。
「新しく好きな人ができたの」
 その一言で、少女だけを見つめていた瞳が殺気を含んで少年に向いた。
「納得いかねぇ」
「いや、そんなこと言われても」
 少年が悪気なく言った言葉は男の癪に障ったらしく、ヒュッと音を立てて拳が飛んできた。が、やはりこれも慣れっこになった少年は反射的にかわす。
(しまった……)
 後の祭りだ。更に逆上した男は条件反射のように手元にあったグラスの中身を少年に向けて放った。
(冷てぇ)
 が、熱いよりはマシだと思う。始めの頃は拳をかわせずに殴られたこともあったのだが、ほぼ確実にかわせるようになってからは飲み物をかけられるのが多くなった。そのため、念のために飲み物は冷たいものを頼むようにしている。もちろん、相手の男が熱いものを頼んだら意味が無いのだが。
「はっ、まあお前みたいな男勝りで女らしさが微塵も無いくせにスカート短くして、よっぽど男欲しいのかと思って付き合ってやったのによ」
 バシャッ。
 考える前に身体が動いていた。目の前の男は水浸しで、その原因を作った少年をまた強い瞳で睨み付けたが、更に強く鋭い瞳を向けられて何か言おうと開きかけた口を噤んだ。
 隣で少女が驚いた顔を少年に向けている。その手には、やはりレモンティーのグラスが握られていて、少年と同じ行動を取ろうとしていたことを如実に表していた。
「確かに、こいつは性格に少なからず問題あるし強引だしスカート短いけどな」
 少々普段より低めの声で少年は淡々と話す。少女は何か言いたそうにしたが少年が許さなかった。
「アンタには勿体無いくらいいい女だよ」
 それだけ言うと、男が何か言う間もなく少女の手と伝票を取ってレジに向かう。
「熱くなって、バッカじゃねーの」
 後ろからそんな声が聞こえたが、二人は歩みを止めることなく店を出て行った。

「お前、ほんとに男見る目無いよな」
 先ほど少女に捕まった階段で二人並んで歩きながら少年が未だ僅かに怒気を孕んだ声で言う。
 いつも少女が付き合うのは自己中だったりナルシスと入ってたり浮気性だったりと碌な男がいない。そして、今回みたいに振られる腹いせに悪口雑言投げつけるのも。
「それ、前にも言われた」
 なら、学習しろよ。とは言わない。言っても無駄なことは分かりきってるのだ。呆れつつも突き放せない自分に苦笑しながら少女を見る。
(何なんだろう)
 少年にとっての彼女の存在はとても不思議なものだった。
 我侭な姉のようで放っておけない妹みたいでもあるし、親友のような気分とは別に愛しく想うこともある。それは実は少女にも言えることで、俗に言う友達以上恋人未満なのかな、と思う。
 毎回、少女のトラブルに巻き込まれて殴られたり水をかけられたり、時には自分自身が中傷を受けようとも、少女を傷付けたくないと思う程に少女を想っているのだ。そして、少女もそれを分かっていて甘えている。だから、急に優しくされたりして少年が途惑うこともしばしば。
 それでも、お互い関係に名付けることはしない。どんな関係であれお互いを大事に思っているし、なぜか縁が切れる気がしないのだ。
「ま、とにかくありがとう」
 先に歩き出した少年に後ろから少女が声をかける。
「今度お礼するね」という言葉に少年が振り返った瞬間、一陣の風が吹いた。
 下の段にいた上に風。スカートが舞い上がり少女の下着が垣間見えたのはもう不可抗力だ。慌てて目を逸らす少年に、「スケベ」と少女が囃し立てる。
「もう、お礼はいいからスカートもう少しだけ伸ばして」
 これ以上変な男に無駄な中傷を受けないためにも少年は心底願った。

 

 

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