花よりも美しく、咲き続けるモノを……

 

「毎日花を頂戴」
 好きです。と告白した僕に、貴方はそう言った。
 その時の表情が、あまりにも綺麗で、儚くて……とても手に入れたいと思った。脳裏に焼き付いて離れない貴方の顔。
 花なんて毎日届けるから、貴方の全てを僕に下さい――――。

「花って、どんな花ですか?」
 そう訊く僕に貴方は何処か遠くを見て、それでもしっかりした声で
「花なら何でも良い。道端の花でも、毎日同じ花でも、何でも良いから毎日花を頂戴」
 貴方は言った。縋るように、求めるように。腕を、伸ばされている気がした。
「何故花なんですか?」
「いつかは枯れて無くなってしまうから、何も残らないから……」
 やはり貴方は僕を見ないで、紡がれた言葉の哀しさに、不意に泣きたくなってしまった。まるで、涙を流せぬ貴方の変わりに、僕に泣けと言われているようで、それでも泣いてはいけない気がした。
 貴方の前では、笑顔で居たいから。
(貴方の本当の望みは何ですか?)
「一日でも忘れたらそこで終わり」
「一日の内なら何時でも良いの?」
「うん、何時でも良い」
「じゃぁ、毎日、朝一番に届けるから」
 そう言った僕の顔を見て、貴方の顔が辛そうに、嬉しそうに、一瞬歪んだように見えた。
(貴方が本当に欲しいものは何ですか?)
 僕は問いを繰り返す。決して声に出しては訊けない問いを、心の中で何度も何度も。いつか貴方に問うことを夢見て、返事が返ってくるのを切望して、繰り返し繰り返し問いかける。
 それから僕は、毎日毎日花を届けた。
 雨が降っても、風が吹いても、雪が降っても、熱があっても。毎日毎日朝一番で彼女の元へと向かった。まるで、古典にある百夜通いのようだと思った。
 不思議と嫌だとか、もう止めたいとか、そう思ったことは一度も無かった。ただ、届けたいと思う気持ちでいっぱいだった。
 きっと、物語の中の男も、こんな気持ちだったのだろう。姫君が愛しくて欲しくて、毎日必死に通う。百日目に、自分がどんなになってしまうかも知らずに、期待だけを胸に……。

 それから暫くして、僕は寝坊してしまった。いつも6時になる目覚ましが止まっていたのだ……大慌てで支度をしてもいつも花を届ける時間には間に合わなくて、学校に持って行くわけにもいかず夜に届けた。
「もう、来ないかと思った」
「……遅れてゴメン」
 僕を見詰める瞳に、不安の色が浮かんでいるように見えたのは、僕の心が見せた幻影だろうか?
「ねぇ、一つ訊いて良い?」
 いつも訊くのは僕の方だったら、そう言われた時は驚いたし、嬉しかった。
 彼女が質問してくれる、それは少しでも興味を持ってもらえたという証だから。だから、喜んで頷いた。何でもどうぞ、と笑顔で促した。
「何でいつもこの花?」
 そう、僕は毎日同じ花を贈っていた。
 勿忘草と呼ばれる花。誰でも一度ぐらい名前は聞いたことがあるだろう、小さく綺麗な碧紫色の花。
「忘れて欲しくないから」
「……え?」
「その花の花言葉。私を忘れないで下さい。僕は貴方に忘れられたくない」
 本当は、もう一つ意味が込められているけれど、これはまだ先でいい。今伝えたいのは別のこと。
 貴方の綺麗な黒曜石の瞳から零れた雫に、僕は初めて……イヤ、漸く理解できた気がした。
 毎日花を頂戴。と貴方がそういった訳を、
 だから僕は貴方を抱きしめた。小さく嗚咽を漏らす貴方を。声を上げて泣くことの出来ない愛しい人を。僕は、初めて精神も身体も本当に貴方に触れることが出来たと思った。
「もう、花は上げない」
 僕のその言葉に、腕の中に大人しく収まっていた貴方は顔を上げた。眼が、紅く腫れていて痛々しくて、二度と泣かせたくないと心から思った。
「花じゃないもの上げる」
「花じゃないもの?」
「そう」
 解ったんだ。貴方が望むモノが……本当に欲しいと思っているモノが。
 問いかける前に、答えを貰ったんだ。
「”いつかは枯れて無くなってしまうから、何も残らないから”って前に言ったよね?」
 小さく頷く貴方。
 貴方の言った言葉は、全て僕は覚えてる。
「何も残らないなんて僕はイヤだ。だから、何か残るモノを上げたい」
「残るモノなんて要らない」
 その言葉に、僕は抱きしめる腕に力を込めた。
「怖がらないで」
 僕の言葉に、ピクリと震える肩。ギュッと、僕が着ていたシャツが握られる。
「僕は傍にいるから。永遠なんて誓えないけど、でも、貴方が望む限りいつも傍にいるから」
(僕の想いは、気持ちは、心は、貴方に届いてますか?)
「だから、明日からは花じゃなくて"幸せ"を上げる」
 幸せは人それぞれで、それでも美しいものだから。 全身全霊をかけて、貴方に幸せを贈るから、だから、
「それじゃぁ駄目?幸せも形には残らないよ」
 心には残るけど、とは口には出さずに。
「でもね、幸せは花よりも美しく、長い間咲き続いて……そして自分を成長させる」
 幸福の花は心の中に根付いて、ずっとずっと咲き続けるんだ。
「ありがとう。本当は怖かったの。不安だったの。もう、来てくれないかと思った」
 そう言って僕の首に腕を絡めてきた貴方を、僕は壊れ物を扱うように、優しく、強く抱きしめた。お互いの熱を分け合うように、共有するかのように。
 そう、こうやって幸せも分け合って、共有して、思い出となり続いていく。
 今日という日が、貴方にとっての幸せであるようにと、祈るように抱きしめる。逃がさぬように。

 大丈夫だから
 花が枯れることを、不安になんてならなくて良いから
 花が届かなくなることを、怖がらなくて良いから
 僕は傍にいて、多彩な幸せを上げるから
 毎日大きな幸せを上げるなんて出来ないけれど
 でも、幸せを上げるから
 だから
 もう、独りで泣かないで

 どのくらいの時間が経ったのかは分からなかったけど、顔を上げた笑顔は、どんな花よりも綺麗で、僕の方が幸せを貰った気分になった。

 幸せを贈ろう
 眩暈がする程に
 花なんか見る暇も無いくらいに
 幸せを贈り続けよう―――――

 

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