時と想いを刻むもの

 

6月20日  晴

 今日から僕は日記をつける。たった一人の少女の為に。 
 今日、母に頼まれて祖母の入院する病院へ行った。そこで初めて会った少女に僕は……。

6月21日  晴

 今日も快晴。太陽が眩しい。
 そして今日も病院へ行った。
 昨日少女を見た場所へと行ってみる。
 時間帯が違うから居ないかな? とも思ったが行ってみれば案の定ソコに居た。
 公衆電話の前。
 誰かに電話したいのかな?

6月22日  曇

 今日は太陽が見えない。
 そして、やっぱり少女は今日も電話の前に居た。すると、僕に気付いたのか、振り返って
「ごめんなさい」
 そう言って立ち去った。
 初めて聴いた声は、鈴が鳴るようで綺麗で優しい声だった。

6月23日  雨

 今日はとうとう雨。それでも僕は病院へ行った。
 すると、今日は電話の前に少女の姿は無く僕は落胆した。
「誰かのお見舞いですか?」
 急に後ろから声を掛けられて振り返ると……少女がいた。僕は少し考えてから
「君の」
 そう言うと、少女は一瞬キョトンとしてふわりと微笑んだ。でも、その笑顔は何処か少し哀しかった。

6月24日  雨

 昨日から降り続いている雨は、今日も止む気配を見せない。
 病院へ行く途中に通る川が、溢れ出しそうだった。
 昨日、あの後自分の病室を教えてくれた少女。
 僕は半信半疑だったが行って見た。プレートには"空羽 舞架"(そらは まいか)と言う文字。
 少女の名前。
 真っ白な個室の中、少女―舞架がベッドに背を預け座っていて、僕に気付くと、また微笑んだ。

 その日は自己紹介と他愛も無い会話をして僕は病室を後にした。
 帰り際に
「また明日」
 そう言ったら、舞架は泣きそうな顔をした。
 何が君にそんな顔をさせるの?

6月25日  晴

 昨日までの雨が嘘のような快晴。
 今日は委員会があったため、病院へ行くのが遅くなった。
 病室へ行くと舞架は一瞬驚いた顔をして
「もう、来ないかと思った」
 そう言って涙を流した。
 僕は一瞬躊躇ったが、そっと抱きしめると泣き止むまで背中を擦っていた。

6月26日  晴

 今日は学校は休み。
 僕はいつもより早目に病院へ行って見た。すると、病室には舞架の姿は無く、もしかしてと思い、公衆電話の方へ行ってみると案の定いた。
 そして、僕がいつも来る時間となると、舞架は病室へと帰って行った。

 胸が痛い。
 明日で、舞架に会って丁度一週間。

6月27日  晴

「日曜だから朝から来るよ」
 昨日そう約束した。

 病院へ着くと、舞架が散歩に行きたいと言い出した。
 僕は、いい、と言う舞架を半ば無理矢理車椅子に乗せて中庭へ行った。
 直射日光を避けて木陰に入り、そして二人で眠った。
 とてもとても心地の良い時間だった。

6月28日  曇

 今日、病室へいくと舞架が泣いていた。僕はどうするか戸惑ったが、結局前みたいに抱きしめた。
 暫くして、落ち着いた舞架が少しずつ話し始めた。
 舞架はずっとずっと電話を掛けたかった……お見舞いに来なくなってしまった両親に。
「明日も来るから」
 そう言ったのに、翌日から両親はお見舞いに来なくなったそうだ。
 そして、それから一ヶ月が過ぎたと言う。それなのに、今日いきなり現れて
「海外で手術を受けましょう」
 そう告げたらしい。

 舞架の病気は先天性のモノで国内での手術は難しいらしい。
 だから、海外の医療の発達した国で手術を受けることになったと言う。
 両親は、其の為にその国へと行き、一ヶ月間色々な準備をしていたと。
 舞架の話しでは、もう明日には日本を発つと言う。あまりにも急過ぎて僕には掛ける言葉が無い。
 本音を言うなら行かないで欲しい。
 でも、手術が成功すれば、もう今のような病院暮しから開放されるのだ。
「頑張って」
 俺は、手術に怯える舞架にそれだけしか言えなかった。
 そして、また暫く抱きしめて、舞架が眠りに就くと病室を後にした。

 ”頑張って”
 何て無力な言葉なんだろう。

6月29日  晴

 僕は今日学校をサボって病院へ行った。ヒョッコリ姿を現した僕に、舞架は驚いた顔をした。
 初めて見る私服姿の舞架が、本当に別れを意味しているようで、胸の痛みが現実を知らしめる。
 昨日一晩考えた。何を言うべきか、何を言ったら良いのか。きちんとした答えは出なかったけど、でも、伝えた言って思った。
 ありのままの、今の自分の気持ちを……。
「舞架……、舞架が帰って来るまで、待ってても良い?」
 目を見開いた舞架の表情が視界に入る。
「何言って、」
「舞架のこと好きだよ。一目惚れしたんだ」
「一、目惚れ?」
「そう、好きになって今日で丁度十日」
「……嘘」
「嘘じゃない。ちゃんと証拠もある」
「証拠?」
 そう言って俺は日記帳を取り出した。
「舞架に会ってから、舞架を見つけてから書き始めたんだ」
 ほんの数ページしか書いていない日記帳を舞架が捲る。
「これからも、ずっと日記書いてて良い?舞架が帰って来るまで」
「でも、いつ帰って来るか分からないよ?」
「それでも良いよ」
 そう言うと、また舞架が泣き出した。
 最近は舞架の泣き顔ばかり見ている気がする。心からの笑顔を見たいのに。
「本当は、行かないでって言いたい。でも、言えない。だから……」 
 そこで言葉を区切って、ジッと舞架を見詰める。舞架は瞳を閉じて大きく深呼吸をすると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「良いよ。日記書いて良い……その変わり、私が帰ってきたらその日記頂戴?」
「日記を?」
「うん。離れている間の、想いと時間頂戴」
 舞架の言葉に、涙が出るかと思った。
「良いよ。全部上げる。想いも、時間も、全部」
 そうして、二人で抱きしめあって泣いた。

「私も日記書く。そして貴方に上げる……私の時間と想い」
「じゃぁ、交換しよう。そしたら、離れてても一緒に居たような気になるし」
「うん。交換しよう」
 そう約束して、そして僕達は離れました。



6月20日  晴

 舞架が手術の為海外へ行って今日で丁度3年目。
 日記を書くから手紙は書かない。信じて待ってる。それが、二人でしたもう一つの約束。
 寂しいし、もしかしたらって、考えないことも無いけれど、でも信じてるから。
 だから今日も日記を付ける。 何冊目の日記帳かは分からないけれど、あれから毎日欠かさずつけてる。
 舞架が帰ってきたら新しい日記帳を買おう。今みたいに大学ノートに書くんじゃなくてちゃんとした日記帳を。そして、二人の時間と思い出を刻んでいこう。

 ピンポーン
 玄関のチャイムが鳴った。
 ちょっとした予感。

 出会って三年目。
 その日、新しい日記帳を買いに行った。
 大切な人と二人で。
 永遠に日記を付けよう。
 君への想いを沢山込めて、君との時間を刻んでいこう。
 一生分の想いを込めて、君に日記を上げる。

 

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