千羽のラヴレター  

 

 顔は可愛いけれど、性格が可愛くない。
 外見と中身が一致しない。
 それが、オレの恋人に対する周囲の意見だった。
 オレが、それに対してきっぱりと否定できずに居るのは、最初はオレもそう思っていたからだ。
 彼女は近所に住んでいて、幼馴染と言うほど仲が良いわけではなかったが、通った幼稚園や小学校が同じで一緒に遊んだことはあった。
 その頃から言いたいことをはっきり言う人間で、子供ながらに傷付いたりしたことを覚えてる。
 中学校に入ってからは小学校よりもクラスが増え、滅多に会う機会がなくなっていたものの、登下校中、一人で歩く彼女を何度か見かけていた。
 別に彼女は周りから嫌われていたわけではない。ハッキリしすぎる物言いが一部の人間から不興を買っていたが、友人だってきちんと居たし、後輩からは逆に、その物言いが厳しいけど恰好良い。なんて思われ慕われていたようだ。
 そして、何故だか分からないが、オレはそんな彼女に惹かれていた。
 そんな中、事が大きく動いたのは二年前、中学三年の頃だ。
 母子家庭だった彼女の、たった一人の肉親である母が、不運にも酒気帯び運転の大型トラックと正面衝突し、他界してしまったのだ。
 十四歳だった彼女は戸籍上は母親の妹……つまり叔母の家の養子となったが、彼女の強い希望で援助を受けて今までの家に一人暮しする事が決まった。と、葬式などの準備の手伝いに出向いた母に教えてもらった。

 お葬式でただ佇む彼女に声を掛けると
「同情ならゴメンだわ」
 言い放った。その言葉にカチンと来て、オレは
「じゃぁ、愛情なら?」
 なんて口にしてた。
 彼女は思いもよらぬ言葉に面食らった顔をしたが、それ以上に自分自身が驚いていた。
 もちろん、自分のあまりにも唐突な言葉に対してと言うのもあるが、もう一つ別の理由があった。
 それは彼女が表情を見せたこと。彼女は滅多に感情を顔に出さないから、コレは、とても意外な一面であり、不意打ちだった。
「もっとゴメンだわ」
 そう言って姿を消した彼女は、ほんのりと頬を紅く染めていて、それが純粋に可愛いと思った。

 それから半年間、粘りに粘って、押しに押して、何とか……と言うか半ば強引にオレ達は"コイビトドウシ"になった。
 でも、未だ彼女の口から『好き』と言う言葉は聞いたことが無いので、OKを出したのはいい加減オレがウザかったからのだろうか?という思いは消えない。
 だから、付き合い出して直ぐのこと、彼女に訊いてみた。
「いつになったら好きって言ってくれる?」
 何でもない風を装って訊いては見たものの、内心は、心臓が爆発しないかと心配なほどにドキドキしていた。
 手に握った汗の感触は、未だ如実に思い出せる。
「そんな、心にも無いこと言えない」
 と言われてしまったオレは、顔で笑って心で泣いた。やっぱり、オレと付き合うことにきちんと納得してないんだって、それでも、やっぱり止めよう。なんて言えなかった。
 だから、オレは精一杯彼女に尽くした。それはもう、周囲から尻に敷かれてる、何て笑われるのも厭わないぐらいに。
 そんな努力が報われたのか、半年ぐらい経ってからもう一度訊いてみたら
「そんな恥ずかしいこと言えるわけ無いでしょ!」
 て、頬をちょっぴり紅潮させて……。
 ああ、人の想いって変わるんだな。って、ちょっとだけ自惚れて、思わずにやけてしまい、彼女に叱咤された。

 こんなことを思い出すのは、ここ一週間、ろくに彼女に会っていないからだろう。
 同じ高校なのに科が違い、校舎が分かれてしまったので、校内で彼女を見かける回数はほぼゼロに等しい。休み時間の十分なんて、彼女の教室との往復で終わってしまう。
 昼食は、お互い友人と食べると入学当初に決めたため、約束を破ると口を聞いてもらえないし、同じ道なのだから、一緒に行こう。と誘ったこともあったが、彼女は朝一人で歩くのが好きらしい。下校は危ないんじゃないか、とも思ったが、帰りは途中まで友人と帰るのだそうだ。
 だから、会いたいのなら会いに行くしかないのだ。
 それなのに、ここ最近では会いにも行けない。何せ、部活動のせいでオレの帰りが八時を過ぎるからだ。夜に独り暮らしの女の下へ訪れるのは非常識だろうし……母に知れたら殺されそうだからだ。
 部活に熱が入るのは仕方ないだろう。何と言っても明日から県大会なのだから。
 オレは小さい頃から剣道をやっていて、一応いつも県大会までは行く。中学校の頃も中々の成績を修めている。だから、高校もスポーツ推薦だった。
 去年は惜しくも全国大会を逃し、悔しい思いをした。だから今年こそは、と練習に励んでいるのだ。
 ピンポーン
 チャイムの音がする。思考を中断して、オレは横になっていたベッドから降りると、階段を下り玄関に向かう。
 普段は母が出るのだが今日はは家に誰も居ないのだ。
 「ちょっと待って下さい」と言いながら玄関を開けると、なんと彼女が居た。
「……はい」
 ドアを開けて顔を見るなりそう言われて、てをズイッと前に出された掌の上には、小さな折り鶴が一羽乗っていた。
 俺は彼女の行動についていけず、脳内で軽いパニックに陥っていた。
 今オレがはっきりと確信しているのは、眼の前に彼女が居るという事実だけだった。
「餞別。明日県大でしょ」
「え?」
 言葉を理解するのに、ほんの少し時間がかかった。
つまりアレだ、よく大会前にマネージャーや後輩が折ってくれる千羽鶴みたいなものなのだろう。
そう認識して、彼女の掌から一羽の鶴を受け取った。
「一羽だけ?」
「文句ある?」
 キッと睨まれて慌てて首と手を左右に振る。
 明日が県大だって覚えててくれて、更には餞別までくれたのが。文句が言えようもない。
「全国行けたら千羽上げる」
「本当に!?」
本当は、千羽じゃ足りないけど……
 小さな声で言われた言葉に反応するよりも早く彼女は駆け出した。
「あ、送って行くっ」
 オレがその言葉を言い終わる頃には、彼女の背中は見えなくなっていた。
 駆け出した時の彼女の顔が、今までに無いくらい紅かったのは、オレの気の所為だろうか?

 翌日、オレは大切に鶴を持って大会会場へ行った。
 会場に着くと、マネージャーである同級生の女の子が、がちょっと含みのある顔で近付いて来た。
 彼女は、同じクラスと言うこともあり、オレの恋人と仲が良い。
 一度、二人の会話を聞いたことがあるが、その時はスゴイと思った。言葉の応酬、巧みな言い回しと直球の言葉のぶつかり合い。
 とてもじゃないが、オレには真似できないと思った。
「ねぇ、昨日鶴貰った?」
「知ってたの?」
「まぁね♪」
「あの子、意外と手先不器用だからね、頑張って一週間ずっと折ってたのよ」
 一週間、ああ、それで更に会えなかったわけだ。と、納得するが、やはり腑に落ちない。
「たった一羽を?」
「え?」
 いくら何でも、一羽に一週間は無いだろう。そうならば、国宝級の不器用だ。
「一羽?間に合わなかったのかな?」
 どうやら折っていたのは一羽ではないらしい。ならば、どうしてオレの元には一羽しかないのだろうか?ここで、他の人間にやったと言う考えが浮かばない程度には、彼女に好かれていると己惚れていたりする。
 物思いに耽っていると、マネージャーがオレをジッと見ていた。
「……良いこと教えて上げる」
「良いこと?」
「鶴、開いて見れば、きっと元気出るわよ」
 頑張ってね。と言いながら他の部員の所へ行くマネージャーの背中を見送り、オレは荷物の中から昨日の鶴を出す。
 彼女が懸命に折ってくれた物を開くと言うのに少々抵抗を感じたが、好奇心に負けてしまった。
 言われた通り、丁寧に丁寧に開いてみると……
 顔が紅くなるのが分かった。はっきり言って嬉しすぎだ。可愛すぎだ。叫んでしまいたい衝動を懸命に抑える。
 ”大好き”
 折り紙の裏に書かれた言葉。そして思い出される昨日の、聞き取れないほどの小さな呟き。
『本当は千羽じゃ足りないけど』
 確かに彼女はそう言った。
 パンッ、と両手でにやけた顔を叩いて精神を統一させる。
 負けられないと言う気持ちが、何倍、何十倍、何百倍にと大きくなるのが分かる。
「頑張りますか」
そう呟いて背筋を伸ばし、前を見据えて歩き出す。

 一週間前から折られている鶴。
 県大会に間に合わなかったから一羽なのか、それとも全国へ行くと信じて千羽折っててくれているのか分からないけれど。
 不器用な彼女の精一杯の告白。
 頑張るよ、負けないよ
 そして貰いに行くよ、千羽ぶんの告白を
 千羽の恋文(ラヴレター)を―――――

 

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