祈りの言霊

 

「きっと彼は私を好きになる」
 そう、祈るように口に出すのが私の日課。

 言葉には魂が宿る。
 急にそんな言葉を思い出した。
 いつ聞いたのか……いや、もしかしたら本で読んだのかもしれないが、どう言う経緯でそのことを知ったのかは記憶に無いに等しい。
 本当なのかどうかなんて私には分からないけど、でも信じたい。
「で、その話しにオレはどう反応しろと?」
 困っている……苦笑と言った方が正しい顔で、男は私に問う。
「別に、何の反応も示さなくても良いよ。ただ、思い出したから話しただけだし」
 会話している男は同級生で、同じ美術部に所属している。今も部活の中で、椅子を並べてテーブルの上に乗っている石膏像のデッサンをしている。
 今日は元々部活の無い曜日なのだが、私も、同じ生徒会役員と言う立場で、滅多に部活に顔が出せなではいるが、お互い絵を描くのが好きだから、先生に頼んで美術室を開けてもらったのだ。
 二人しかいない空間。
 そのせいか、シャッシャッと言う鉛筆の音と声がいつもより響く気がする。
「ただね、アンタならどう思うかなと思って」
「何が?」
「うん?いや、バカバカしいってキッパリ言うかと思ったんだけど……」
 結局私はこの男に何らかの反応をして欲しかったのだ。心と、言葉に矛盾が生じる。
「ま、確かに馬鹿馬鹿しいな」
「やっぱり」
 私は少しだけ落胆する。
 言われるであろうと予測していたとは言え、やはり自分の考えが受け入れられないことに少しだけ胸が痛む。
 こんな時、何て自分は子供なのだろうと思わずにはいられない。
「でも、お前らしいんじゃない?」
「何それ」
「別に、そう思っただけだよ」
「それって、遠回しに私がバカだと言いたい訳?」
 頬を膨らませて男を睨む。男は笑いながら、違う違うと手をひらひらさせる。
「で、大体なんでお前はそんなの信じてるんだよ」
 切り返しが早いヤツだと思う。そして、さりげなく話題を転換するのが上手い、とも。
「まぁ、始めは私も信じてなかったんだけどね、たまにそんなに好きじゃない物でも好きだって言い続けると本当に好きになったり、逆に嫌いだって言い続けて嫌いになったり」
 「そんなことない?」と訊いてみる。
 それに対し、男は暫し考えてから、「確かに」と小さく呟いた。
「でしょ?」
 その反応が嬉しくて、ちょっと得意気になってしまった。
「それに、噂をすれば影って言うのも、ある意味一種の言霊なのかなって思う」
 先日、数学教師の話しを友達としていたら、その教師がいきなり通りかかったり、アップルパイの話しをしていたら、お土産に貰ったり。
 その度にいつも"噂をすれば影って本当だな"と思う。
「でも、お金お金って何回言っても溜まるわけでもないし、実際の所はワカンナイ」
「それは自分で努力しろってことなんじゃないのか?」
「やっぱりそうなのかな? いつも口に出してるだけじゃ、祈ってるだけじゃダメなのかな?」
 勇気が欲しい
 そう言葉に出して、本当に勇気が出るのなら何度も言葉にするのに。
 結局は分かってる。何度、夜寝る前に口に出して祈ろうとも願いが叶うわけではない。それでも、ほんの僅かな可能性に賭けて毎日毎日祈ってる。
「祈ってるだけじゃ、想いは伝わんないだろ。とにかく、やっぱオレは信じないね」
 至極当たり前のことを言われたのだと思う。でも、その言葉が胸に痛い。
「勇気が欲しい……」
 そう、ポツリと聴き取れぬほどの声で呟いた。
 だが、その時急に思った。 違う、と、そう思った。なぜかは分からないけど、極自然に生まれた思いは、パズルのピースのようにきれいに心に収まった。
 そうだ、勇気が欲しいじゃいけないんだ。願ってばかりじゃいけないんだ。
本当に祈らなければいけないのは、勇気が欲しいと言う言葉じゃなくて、勇気を出せ。その言葉だ。
 そう理解して、私はもう一度呟いた。
(勇気を出せ)
 やっぱり言葉って不思議だと思う。思った瞬間から、胸に広がる暖かい想い、湧き上がる感情。
今なら言えると、そう確信する何かがあった。
「ねぇ、だったら証明したら少しは信じてくれる?」
「証明?」
「そう、私が毎日夜寝る前に言葉に出してることが本当になったら、信じてくれる?」
 真っ直ぐ見つめて言葉を紡ぐ。心臓が早鐘を打っていた。
 微かに腕が震えたけれど、心の中で勇気を出せと何度も自分を叱咤する。勇気を出せと、再度繰り返した。
「何だよ、毎日夜寝る前に言葉に出してることって」
「信じてくれるって言うなら言うよ」
 どうする?と訴えかけるような、どこか挑発するような眼で、私は男を見た。ただ、相手にしてみれば睨まれた、と言った方だ正しい表現かもしれないが。
「……分かった、本当になったら信じてやるから言ってみろよ」
 その言葉に、私は一度大きく深呼吸をすると、毎晩祈る言葉を口に出した。
 本当に言葉に魂が宿ると言うのなら、この想いを男の魂へと届けて欲しいと祈りながら。
「きっとアンタは私を好きになる」
「は?!」
 男が素っ頓狂な声を上げる。私を見る目が、もう一度言ってくれと物語っていた。
 やはり信じられないだろう、いきなりこんなことを言われては、と心の中で自嘲してもう一度言った。一度口に出してみれば、後は割りと気が楽なのだ。
「きっとアンタは私を好きになる」
 本当に言葉とは不思議なものだと思う。その想いが、とても大切なものに思えるから。
「因みに、アンタって所は本人目の前じゃないから"彼"てことになってるから」
 未だ驚きの表情をしている男に、それが事実だと言うことを伝える為、追い討ちをかけるように更に言葉を続けた。
 誤魔化しは許さない、聞いたからには責任を取れ、とでも言うように。
「ねぇ、本当になったら信じてくれる?」
 そう言って顔を男の方に向けた瞬間、男のとった行動に、私は心臓が止るかと思った。
 感じたのは腕の温もりと、広い胸の感触。そして、自分の温度が上がっていくのが手に取るように分かった。
 私は、急に立ち上がった男に椅子に座ったまま抱き締められていた。
「ちょっと、何す……」
 何するの、と続けようとした言葉は、自分の唇に宛がわれた男の唇のよって呑み込まれた。
 触れるだけの接吻け。
「〜〜〜〜〜〜っ」
 言葉に、音にすらならない抗議。更に体温が上昇した。
 一生懸命男の胸を押し返すと、両頬に手を当てた。顔が熱く、紅くなっているのが分かった。嬉しいような、恥ずかしいような、それ以上の混乱が頭の中で渦巻いている。
「信じない」
 そう言って男はもう一度私を自分の腕に閉じ込めた。
「言霊なんて信じない」
「何で?」
 ココまでしておいて実は遊びやふざけているだけなのか?と疑いたくなる。
「言霊の力なんかじゃない。オレがお前だから好きになった。言霊なんか無くても……」
「無くても?」
 不意に途切れた言葉に、私は顔を上げた。あまりにも近い男の顔に、やっと収まって来たはずの心臓がまた飛び跳ねた。
 なんて心臓に悪い男だ、と理不尽な理由で恨みたくなる。
「オレは……、お前が好きだった」
 そう言った男の顔はとても紅くて、言われた私は、更に首まで真っ赤にした。
 嬉しかった。まさかそんな風に言ってもらえるなんて思ってなかったから、泣きたいほど嬉しかった。
 再び抱き締めあって、お互いの鼓動の速さに笑い合って、もう一度キスをした。

「だったらどうしたら信じてくれる?」
 暫くして、離れた私達はまた何事も無かったかのようにデッサンを再開した。
 それでも、気持ちは先程とは180度違っていた。心に込み上げる、喜びや幸せがあった。
「まだ諦めてなかったのかよ」
「そりゃぁね、やっぱり信じて欲しいし」
「じゃぁ、やっぱ証明して見せるしかないんじゃないか?」
「さっきのみたいに?」
 結局、私が毎日声に出して祈っていたことは言霊の力じゃないと言われてしまった。
 だったら、またな何か言って本当になってもらうしかないのだろう。
「そうだな……例えば、今日お前と一緒に帰るとか」
「なっ……」
 言われた言葉にやっと退いた熱が再びぶり返す。
「それは違うでしょ……大体、一人で帰る気だったわけ?」
「まさか」
 精一杯の反論もサラリと返されてしまった。
 きっと自分はこの男には敵わないだろうと、そん感じた瞬間だった。
「じゃぁ、この前コンクールに出したアンタの作品が入選するってのは?」
「ダメ」
「何で?」
「だって、それはオレの実力」
「あっそ」
 脱力する。それでも、こんな会話でも私にとっては言いようのない幸福で、溺れてるって思った。
「じゃぁ、帰り道で猫を拾う」
「何だよソレ」
「ん?何となく」
「ま、良いか。帰るぞ」
 そう言って差し出されて右手に自分の右手を乗せた。
 今日一日で随分と感じることの出来た温もり。

 夕方、真っ赤な夕日よりも紅く染まった私の頬。
 そしてその帰り道、2人がダンボールに入った捨て猫を発見したのは、また別の話し。

 

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